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新聞日記

新聞から世界を考えてみる

問題行動調査

今朝の新聞を見ていて、すっごく迷ったのです。小渕大臣の記事か、この文部省の問題行動調査の結果についてか。でも、実は昨日の夕刊からすでに小渕大臣の政治資金問題は記載されていたこともあって、ついそちらを選びました。

しかし夕刊には愕然とした。東京都で少年らによる「失神ゲーム」なる暴行事件。子ども同士の「いじめ」なんてレベルじゃない。重大な犯罪事件だ。

今回の文部省における調査でもそうだが、子どもは社会の動きを反映しやすい。それだけ敏感なのである。こうした暴行事件の背景には、その子たちをとりまく“おとな”が関係している。そもそも、学校の先生だけが対応するべき問題ではない。

よく教師の力量や、校長などの管理職のリーダーシップがクローズアップされる。確かに、子どもたちを触れ合う時間が長いのは、教育現場にいる“おとな”、つまり教師であるから、彼らに任せる方が効果も大きい。今後も、教師に頑張ってもらうのは当然のことなのだが、それだけでいいのか?と思えてならない。

そもそも社会に敏感な彼らが、暴力行為をするまでになった原因をつくったのは、“おとな”たち。その対応は、“おとな”であり、専門家でもある教師がするべきことである。しかし、他の“おとな”達は、なにをしているのか。子どもに恥じない生き方をしているだろうか。教師の代わりに、ナニかをする必要はない。教師には、教師の役割ってものがある。それを取り上げて、なんとする。そうではなく、自分も“おとな”のひとりとして、子どもの模範となる生き方をしているだろうか。こちらの方が大事なことだと思うのです。

ネット上で、他者への批判が多く氾濫しているけれど、それらの多くは論理性を欠いているし、そもそも人格を全否定するような記述が多くて、見るに堪えないことがある。そしてネット上だけの話ではない。すべてではないのだが、テレビのコメンテーターの言動や、街頭で繰り広げらるネガティブキャンペーンまでもが、そのいい例だ。あるいは“非正規雇用”への冷遇や、“正社員”であっても、労働者を奴隷のように酷使する“ブッラク”的な企業の存在。。。。挙げたらキリがないだろうけれど。とてもじゃないが、彼らの犯罪行為を糾弾して、それでオワリにできる問題ではない。

こうした社会の動きをテレビやネット、あるいは家庭内で見聞きするうちに、彼ら子どもたちに、それが浸透していることを思うと、簡単に解決などできる問題じゃないと思わずにいられない。

いくら“おとな”って言っても、私一人でできることなんて、とても小さい。それでも、人として恥ずかしくない生き方はしていたいと、記事を読んで思ったのでした。