新聞日記

新聞から世界を考えてみる

川内原発

九州電力川内原子力発電所の1,2号機の再稼働について、鹿児島県議会と鹿児島県知事が同意した。すでに薩摩川内市も同意済みであるから、再稼働はほぼ確実になったわけである。

九州電力と言えば、9月に再生エネルギーの買い取りを保留し注目を集めたばかり。その後「一部再開」という状態・・・。なんだ?「一部」って。

電力料金の高騰は、たしかにキツイ。しかし個人的感覚では、各家計に上乗せられる電気料金は、福島の原発事故を目の当たりにすると、はるかに許容範囲だと思う。これだけのハナシであれば、そりゃ原発反対になるよ。問題の核心は違うんじゃないの?なんだか議論がかみ合っていない気がしてならない。

 

そもそも方向性が決まっていない。

1)原発依存率を高めていくのか?

2)まずは稼働はするけれども、将来的に依存率を低下させていくのか?

3)このまま原発を放棄するのか?

優柔不断な私は、つい2を選択しそうになるのだが・・・。

 

そこで知りたいことがあるのです。

まずは直接、そして即自的に関係する地元住民の意思はどうなのか。原発が立地・稼働することによる利益。原発が稼働しないことで、過疎化を食い止めることは出来ないという判断。故郷に対する想いが、そこにはあるのだろう。

しかし過疎化は、原発が立地している場所だけの問題ではない。原発で問題は回避できるのだろうか。これは基地問題にも言えることでもあるけれど、就業機会が増え、税収や振興費などの補助金などによって地域活性が図られる。それは大きな魅力だ。しかし「子育て世代」は根付くのか。少子化に歯止めがかかるとは思えない。これは福島でも深刻な問題でもある。そんなことを気にしない人を、過疎化食い止めのターゲットとするのか?これは「風評被害」でもなんでもない。人は分からないことに不安を感じるのは当然のことだ。とは言っても、家を離れるのはツライ。生活だってあるから、ノンキなことも言ってはいられない。こうした地元の苦悩を取材している新聞社は多いのは、私にはありがたい。

2つ目はやはり産業。これは地元だけの話ではない。電力価格が上がることは、大規模電力を消費する産業界にとってはコストの上昇を意味する。大げさに言えば、アルミ産業のように、撤退せざるをえなくなる。今後、人口減と高齢を抱える産業界にとって、電力は効率化には欠かせないから、より深刻な事態のハズだ。けれども、あまりここを取材してくれていない。産業にスポットをあてている新聞が少ないのだ。電力会社はともかく、なぜ政府が原発再開を望んでいるのか。

原子力ムラの利権を暴くことも大切なことだけれども、日本のエネルギー、産業政策のレベルでの議論が出来ているのであろうか。これでは話がかみ合わないのである。

政府や電力会社の言う「エネルギーの安定供給」の問題は、家庭などへの小口電力供給のことではないはず。もう少し、きめの細かい情報提供をお願いしたい。

電力の供給効率を無視して、もっと言ってしまえば、家庭電力は原発以外でまかない、産業電力は原発で・・・。ちょっとムリ?