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新聞日記

新聞から世界を考えてみる

香港

香港の新しい行政長官の選挙方法が、北京政府の意向が強く反映されることを懸念して起きた学生デモ。さすがと言うべきか、旧イギリス領であったこともあって、暴力的な側面が極力制御されたカタチで行われていた。占拠している学生側と政府側との緊張がありながらも、「渡航延期」にもなっていない。もちろん夜間外出などは控えるべきであるが、これはどの都市だって同じだ。

しかし昨日(19日)、デモ隊の一部が立法会(議会)へ突入を図った。

APECで北京に世界の注目が集まり、それに続いくG20までの国際会議で中国の存在が改めて高まった。その流れの中で、慎重に学生のバリケードが撤去されていく。学生側に焦りもあったかもしれない。

香港政府との「対話」や、学生の自主投票の「中止(延期?)」を経て、次第に求心力を失いつつある。学生もいつまでも「占拠」していられない。香港政府や中国・北京政府寄りの議員の「統制能力を失っている」との指摘は正しいように思う。香港学連側も、実行学生への理解は示しながらも「今回の行動の意義はよく理解できない」と距離を置いている。民主派団体や民主派政治家は、今回の行動を厳しく批判している。

これでいいのだろうか?と思ってしまった。

香港にとって、中国の中央政府を無視することなどできない。きっと香港の人々にとって、それが「現実」なのでしょう。それに対する学生の気持ちは、No!を突きつけた。若いがゆえにできる事だとも思う。そんな行動を、周囲の「大人」たちは、「理解」を示すだけでいいのだろうか。そして失敗すれば「批判」する。

確かに「大人」からすれば、足らない部分も多いのでしょう。でも「大人」ができないことをしたのだ。香港の「大人」たちは、いつまで学生だけを最前線に立たせているつもりか。もう迎えてあげていいのじゃないか。