新聞日記

新聞から世界を考えてみる

富裕層

国税庁が海外資産への監視を強化するという。おもに富裕層の税逃れ(申告漏れ)への対策なのだとか。海外にある財産の相続の申告漏れは、なんと163億円だという。

こうした国内資産(と言っても私有財産なのですが)を、海外に移す事で租税を回避するのは、もちろん日本だけのことではない。欧米各国では、ずっとアタマを悩ます問題であった。また最近は、自己申告すれば減刑する条件をつけている国もある。こちらの場合は、どうやら不正蓄財のようですが・・・。

私は富裕層ではないので、つい「もっとやれ~」って思ってしまうのです。でも万が一、税金を納めなくてはならない側であったとしたら、どうするのだろうか。やっぱり回避するようにするのであろうか。

オバマ大統領が、1月20日に行う2015年度の一般教書演説では、富裕層への資産課税を大幅に強化する内容が盛り込まれているようだ。連邦議会与党と「ねじれ」ている状態では、大統領教書がそのまま法律になることは難しいのだけれども。

「平民」対「貴族」。現代日本における権利は、「資産の格差」に比べたら平等になっている。だから「庶民」対「富裕層」になるのか。このとき政府は、どのような立場になるのであろうか。財政状況を考えれば、「庶民」側に立って「富裕層」と対峙するのか。それとも「富裕層」側に立って、表向きに「平等」を掲げた、一律の負担を課すのか。もちろん大量の資金を活用できる富裕層は、租税対策が可能になる。

ふと、「noblesse oblige」という言葉が浮かんだ。これはボランティア的な意味合いが強く、なんだか富裕層の「善意」に頼るしかない。フランスのピケティ教授のように、そこに理論的な裏付けができないだろうか。つまり富裕層が、その資産に応じて、社会に対して義務を行うことで、その資産を保持することにつながるというような理論的根拠。単なる「善意」だけではなく、そこに理論的な裏付けがあれば、「富裕層」の社会への貢献も多くなるのではないだろうか。

ふるさと納税」も、ひとつの社会実験だと思う。出資者に利益が感じられたら、競ってでも「納税」しているケースだと思うから。