新聞日記

新聞から世界を考えてみる

混迷

いったい世界は進歩しているのだろうか。

報道では政治的な動きが背後にあると報じているが、もちろん犯人が特定され、捕まらなくては分からないことだ。

ロシアの反プーチン政権派の指導者が銃撃されて死亡した。一緒にいた人は無事だと言うのだから、同氏を狙っての犯行であったのであろう。ここにプーチン氏がどれほど関与しているかは分からない。しかし疑惑は拭うには、大変な努力が必要になってくる。

記事では、プーチン政権下で起きた暗殺事件が表でまとめられていた。2006年中央銀行副総裁(射殺)、新聞記者(射殺)、亡命中の元KGB放射性物質による殺害)、元第1副首相(毒物で重体)、2009年新聞記者と弁護士(射殺)、2013年亡命中の政治家(変死)、そして今回だ。

ロシアって怖いなぁ~なんて、対岸の火事のように思ってはいけない。日本はどうか。今回のような事件は起きてはいないが、「表現の自由」は確保されているだろうか。

知られたくないことを、世間に公表し訴えていく。報道人は本質的に嫌われる職業だ。それでも社会正義になると信念で、動いているのではないか。これは政治家も同じであろう。もとより安全など捨てている・・・たぶん。相手が権力者であるほど、その批判者の安全は脅かされる可能性は高くなっていくのだから。権力あるものに嫌われるのだ。想像するだけでも、恐ろしい。

反対に権力者側はどういう気持ちなのだろうか。すべての責任を負うことで、権力者となっている訳だけれども、それが故に、多くの批判も受ける。なかには常軌を逸したものも受け止めなくてはない。トップであるからこその忍耐もあることであろう。

物事の本質はどこにあるのか。互いに、修練が必要なのかもしれない。そして私自身にも。