新聞日記

新聞から世界を考えてみる

限界

サウジが動いた。隣国イエメンに軍事介入したのだ。サウジが主導しているけれども、単独ではない。UAEバーレーン、クエート、カタールやヨルダンなどが空爆に参加した。そしてエジプトやスーダン、ヨルダンやモロッコまでも作戦を支持している。

攻撃を受けたイエメン側は、イランが支持している。

そこには同じイスラム教でありながら、スンニ派とシーア派の対立があるという。しかし、本当のところはどうなのだろうか。もちろん、両派の対立は今に始まったことではない。教義上で相容れないところがあるのだろう。しかし、何のための教義であるのか。なぜイスラム教での預言者が、それまでのユダヤやキリストを「啓典の民」としたのか。

考え方の違いが、命より重要になってしまう。「平和ボケ」と罵られると思うが、やはり、考え方の違いを乗り越えていく智慧を持っていきたい。その智恵こそ、彼らの聖典には書かれているのではないか。

そして、自国あるは勢力の覇権拡大に「神」を利用してはいまいか。古今東西、その風潮は多々見られる。というか、ほとんどがそうだ。それは「神」を持ちだすことでの影響力が大きいことを為政者(軍事指導者)は知っているからだ。そしてその指導者自身は、民衆ほどの信仰心はない。ただ利用しているだけだから。

もっと賢くなりたい。この歳になっても、まだまだそう思わずにはいられない。