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新聞日記

新聞から世界を考えてみる

制限されるからこその工夫

自衛隊が活動する範囲が大幅に変わる可能性が出てきているなかで、国会承認をめぐるやりとりがなされている。

自民党は「緊急時は事後」、公明党は「例外なく事前」という。

自民党は、なぜ国会承認の後回しを主張するのであろうか。もちろん災害などが起こった場合の緊急性と迅速性は必要である。しかし今回の想定は、国内で発生する事態への対処ではない。また国会承認に時間がかかるとしているが、なぜ時間がかかるのかを検証しているのか。国会の承認システムには問題はないのか。あるいは、そもそも日本が派遣するべき事態ではない可能性だってある。むやみに他国に介入すれば、責任を果たしていると思いこむのは危険ではないか。そして国会議員の方々は、日々、なにを考えているのか。政府や政権与党からの発議がなければ、「知らんふり」をしているだけの存在なのか。本当に自衛隊派遣が必要であれば、承認にそれほどの時間はかからないのではないか。

一方で公明党。例外なく事前承認というのは、自民党に対して一定のブレーキになるけれど、実際はどうなのであろうか。そもそも政権与党が過半数を占めているのが、日本の議会である。与党内で意見が分裂でもしていない限り、強行採決すれば済んでしまう「国会承認」である。これにどれほどの意味があるのか。

憲法を時代、そして実情に即して変えることに、私は賛成である。しかし、変えるとなると、それをイイことに自己都合が出てくるのではないか?という不信感がぬぐえない。

戦後に創られた現行憲法には、いろんな思惑が存在したにせよ、強烈な共通意識が存在していたはずである。それは「二度と戦争はしない」というものだ。だからこそ現行憲法は、これだけ長い期間、改正されずにきた。政治家や国家という概念を優先する官僚に対する不信感が、どうしてもそこにある。

自衛隊を派遣すれば何とかなるほど、国際情勢は簡単ではないことは明白になっている。すでにアメリカがやっているではないか。アメリカのしていることが無益だと言うのではない。同じことを日本がする意味が、あまりないということだ。できないならば、他に何ができるのか。それを考えていくことの方が重要である気がする。