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新聞日記

新聞から世界を考えてみる

安全神話

「日本は安全」などといった事を聞く。本当にそうだろうか?とも思うけれど、記事を読んで、そうなのかもしれないなって思った。

今日はJR西日本福知山線で発生した尼崎脱線事故から10年。乗客106人と運転手が死亡し、562人が負傷した大事故だ。記事では風化についても述べられていた。

実際に事故に遭われて負傷した方や、あるいは精神的な負担に苦しんでおられる方、また遺族の方々にとって、事故が風化することはないであろう。まだ事故の原因や責任が明確になってはいないという想いも強い。

日本だって、いろいろな事故が起こる。尼崎脱線事故もそうである。信じられない事故だ。しかし「日本は安全」と言われるのは、実際に安全だからと言うよりも、安全に対しての、意識を持ち続けていることにあるのかもしれないと思ったのだ。その原動力は、悲惨な事故を忘れないということ。事故の記憶を忘れないことで、安全への思いが、風化を食い止めることにつながる。

道を歩いていると、時折、道端に花が供えてあたっりする。きっと、ここで事故が起きたと気づく。ここで事故が起きたことを、僕は知らない。申し訳ないけれど、どのような事故かも知らない。おそらくここで命を落とした人がいたのだろう。すると、「気をつけよう」ぐらいは思う。事故の内容を知らないのだから、なにに気をつけるのかといった具体的なことはないのだけれど、生きていることの有難さを感じる。そして、日常に慢心していないかと、気を引き締める。

安全って、つまりは意識を持ち続ける事なのじゃないかな。残念ながら、発生する事故の多くは、いつかは風化してしまう。しかしできるだけ風化を食い止める事が、次の事故を防ぐことにつながる。日本は、風化速度の遅い国であるのかもしれない。それが、今日の安全につながっているのではないかなって、思ってみたのです。