新聞日記

新聞から世界を考えてみる

政治家発言のコントロール

2020年に開催予定のオリンピック・パラリンピックにむけて整備される新国立競技場。サイズも小さくなり、そのうえ可動式屋根は開催後に設置するという構想で、コンパクトな計画になったにも関わらず、整備費用は膨らんでいるらしい。

そしてその費用を東京都が負担することになって、都知事は声を上げた。「説明が必要」であると。それに対して、東京オリンピックパラリンピック組織委員会の森喜朗会長は「経緯を全部話している」という。そして「思っていることは半分とか3分の1くらいに抑えて言わないと」との発言が記事に掲載されていた。

想像だけれども、おそらく経緯は都知事もしているのであろう。しかし問題は、都税を使うのであるから都民に対して説明する必要がある。言えばイイってものじゃない。説明が必要なのは、国(文科省)や組織委員会だけではなく、都知事も同じである。

それにしも、思っていることを抑える必要は、政治家には必要である。立場上、喜怒哀楽を、そのままストレートに表現することは慎んでもらいたい。あまりにも影響が大きいから。もちろん、それを狙ってのことでもあるのだろうけれども。しかし、感情を抑えるのはいいとしても、情報を抑えるのは困る。

国会では、日本の安全保障に関わる議論が行われているが、自衛隊が海外に、それも集団的自衛権による派遣であるにも関わらず、自衛隊員のリスクへの言及を避けているのは、あきらかにオカシイ。戦闘場面において、「後方」は「前線」に代わることなんていくらでもあるのだから、安全なわけがない。想定されるリスクはリスクとして、しっかり明言・認識したうえで、成否を問わなくてはならない。

「思っていることの半分とか3分の1くらい」などと、リスクを過小評価する。過去の大戦から、これでは何を学んだ事になるのだろうか。反省とは、謝罪することではない。